感情って色々なものがありますよね。
歓迎したいもの、喜び・楽しみ・愛・慈しみ・感謝・信頼・喜悦・好奇心
歓迎したくないもの、怒り・悲しみ・恐れ・憎しみ・不安・不信・悔しさ・苛立ち
文字にすると結構ありますね(笑)
さてさて、私たちの心が動くその感情。
“ 動く” というのは同じなのに
そこにプラスとマイナスのような反応を伴い
歓迎したい、したくないっと分かれてしまうのです。
前に「怒り」の扱い方を書いたので
今日は怒りに続いてよくご相談をいただく
「悲しみ」について書いてみようと思います。
みなさんはどんな時に「悲しみ」を感じますか?
この「悲しみ」を感じていることに気がつかないで
感情が増幅してしまうと「怒り」や「拒絶」になってしまうので
「悲しみ」の間に気がつくってとっても大切です。
自分が望んでいることが叶わなかった時
「悲しい」や「寂しい」っといった感覚と共に心が動いたりします。
「怒り」の時と同じでその感覚の奥にはやはり自分の望みがあります。
いつまでも側にいて欲しいと望んだ親しい人との別離や
幸せであって欲しいと望んだ親しい人の苦悩、
自分の望む結果を得られない時や、自分が力不足だと感じた時
期待していたのとは違う誰かの反応
私たちは望みが叶えられなかった時、
それが誰かのせいに思える場合でも
自分のせいに感じられる時でも
同じように「悲しみ」として感じるのではないかしら?
ではその「悲しみ」の渦の中にどっぷりとハマってしまったり
感情を増幅させないためにはどうすることができるでしょう。
まずはそのまま、ありのままの感情を味わってみましょう。
「あー。こんなふうに悲しいなーっと感じているんだなー」っと
悲しみを味わうことを自分に許してみる。
味わってみるっと言っても、その感情の中にどっぷりと
はまり込んでしまうのではありません。
どんなに美味しいチョコレートでも
チョコレートの中にどっぷりはまり込んで
チョコまみれになってしまったらベトベトして気持ち悪いでしょ?笑
それと一緒。
どんな感情もどっぷりとはまり込むのではなくて
その時にしか味わえない貴重な感情。
(感情っていつも似たような感覚がしているかもだけど、繊細に感じると
同じ感覚で感じてることってないんです。似てるだけ!)
その感情を心のどこで感じているのか
詮索するのではなく、丁寧に味わってみると
その奥にあった願いに気がつきます。
こうであって欲しかったんだな。
こう扱って欲しかったんだな。
こうありたかったんだな。
っと言った具合に願いに気がつけると
悲しみを消化するプロセスの一歩が踏み出せます。
自分の外(誰かや結果)に求めているものって実は自分に求めているものなのです。
自分が自分をそう扱えるようになれば
結果として誰かに求めた結果を自分で与えることができるようになります。
誰かに側にいて欲しかった⇨自分が自分に寄り添う
誰かにそうであって欲しかった⇨自分がそうなる
欲しかった反応(自分の取り扱われ方)⇨自分が自分を扱えるようになる
欲しかった結果⇨プロセスを体験することで結果への執着が気にならなくなる
っといった具合です。
誰かから与えて欲しいと思っていた愛に気づく。
誰かを求めるのではなく、自分が自分の愛につけるようになればそれだけで
ポッカリと空いてしまったように感じる穴なんて無かったことに気がつきます。
誰かにして欲しかった行為に気づく。
誰かに求めるのではなく、自分が自分の声に丁寧に耳を傾けてあげると
自分自身が自分の1番の理解者になり
他の誰かの承認を得る必要がなくなります。
それと同時に自分と違うものについても受け入れる心の大きさが育まれます。
必要としていた結果や成果。
その行為そのものから体験できたことへの感謝が自然と生まれ
その時に感じたことからまた自分の心の成長へとつなげていくことができ
結果として、思考で望んだものよりも今の自分にぴったりの結果を
受け取るという体験ができるようになります。
一見すると「悲しみ」って
なんだか歓迎したくない感じがするかもしれないけど
その感情の背後には大きな希望があります。
放っておいて、自分の手に追えなくなる前に
ぜひ味わってみてください。
その時には、誰かや何かの原因を探るのではなく
シンプルに味わうだけ。
その感覚に思考がプラスされると感情は増幅してしまいます。
思考を持ち込まず、感じるだけ。
理解しようとせず、ただ感じます。
ちょっと今の自分には手に負えない「悲しみ」だなーっと感じる時は
無理をせずに気分転換したり
誰かの助けを得るようにしてみましょう!
◉ありのままの自分に戻る時間◉
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