こんばんは。
昨日はスカトー寺に到着までの記憶を辿りだすとなんとも楽しくなってしまい
長々と書いてしまいましたが、今日はスカトー寺の1日。
お待たせしました。
やっと本題です。
スカトー寺の1日は朝4時の読経・法話から始まります。
夜明け前、まだ暗い森に「ゴーン ゴーーン」銅鑼の音がと鳴り響きます。
これが読経始まりますよーの合図です。
その銅鑼の音までに本堂に集まります。
お腹に響くこの銅鑼の音がとても心地よく
一歩一歩を踏みしめながら、毎朝懐中電灯の小さな明りをたよりに本堂に向かいました。
どなたかがパーリ語のお経をカタカナ表記にし、簡単な日本語訳をしてくださっています。
その冊子を見ながらタイのみなさんと一緒にお経を読みます。
朝から声を出すことで呼吸が深まり、安定します。
これから迎える1日の準備を心と身体でしているようなそんな感覚でした。
読経が終わると説法の時間。
残念ながらこちらはタイ語で行われるので私にはさっぱりわかりません。
なのでこの時間は唯々手動瞑想をしていました。
僧侶の方々やタイ人の方々も手動瞑想をしながらお話を聞いています。
私はスカト―寺訪問前、少し頭が忙しくなりすぎていたり集中が過ぎてしまったりして
言葉で思考を突き詰めてしまったいたので
この言葉がわからないというのがとても心地よかったです。
何を話しているのか全くわからないけれど、わかる必要もない。
ただ言葉を音として聞き、聞いているけれども聞きこむことなく手動瞑想を続ける。
ほんの30分程の時間です。
でもね、お話をされる僧侶の方がはにかむように笑いながら話されることが何度かありました。
不躾にもその姿が「かわいい‼」と思わずにはいられませんでした。えへへへへ。
内容も分からず私もにんまりです。
さてさて、説法が終わると時間は5時。
まだ夜は開けません。
準備をしたら、みなさんもプラユキ師の書籍でご存知の「托鉢」に向かいます。
朝焼けがキレイです。
子供の頃から夜更かし大好き
朝は苦手の私です。
それは自分で作ってきた
習慣だったり思い込みなんだなぁと
何度も思いました。
時計を見なければそこに「早朝」という
概念がないことを体験しました。
歩いている間に少しづつ夜が明けてきます。
空も空気もとってもきれいです。
初めはお散歩気分でしたが、日がたつにつれ少しづつ歩く瞑想の時間になりました。
こんな環境の中、歩く瞑想ができるなんて幸せ者です。
写真、見づらいですがよーく見ていただくと
並んだ僧侶の方々の前に少しお一人だけ先に進まれている方がいらっしゃいます。
プラユキ師です。
プラユキ師、托鉢の時歩くのとても早いんです。笑
やっと、夜が明けてきましたが今日はここまで。
だってもう夜中の1時なんですものー。
眠くなってきましたのでみなさまおやすみなさいまし。
続きはまた次回ー。