価値判断とジャッジ
- cocoyogayukari
- 12 分前
- 読了時間: 4分
マインドフルネスでは、まず初めに「価値判断を持ち込まず気づくこと」を学びます。
私が学び続けているエサレンやクラニオではこれを「ジャッジしない」と言われていたりします。
ボディワークとマインドフルネス、アプローチは違っても大切にしていることにたくさんの共通点があるのも私の大好きポイントなのです。どんなアプローチでも、きっと深く学ぶとそこにある、深遠な知恵というのは同じなのですよね。
さて、そうは言ってもこの「価値判断」や「ジャッジ」ってなんでしょう?
私たちは、一個人です。だから、そこにそれぞれの「心地いい / 心地悪い」だったり、「好み」だったりがあるのは、きっと自然なことなのだと思うのです。それらと「価値判断」や「ジャッジ」は別ですよね。
なぜ、マインドフルネスでも在り方を大切にしたボディワークでも「価値判断」をしないことや「ジャッジ」から離れることが大切だと言われるのか。
どうでしょう?
皆さんはどんな風に感じますか?
<これは、今の私の個人的な見解です。なので明日になったら変わっていることもあり得ると思うのですよ。(笑) なので、受け取り方のひとつとしてみてくださいね。>
私は「価値判断」や「ジャッジ」を持ち込むと、新しい『苦しみ』が生じるから、離れるように伝えられているのではないかなーと感じています。
・これは「正しい」⇔これは「間違っている」
・こちらが「優れている」⇔こちらが「劣っている」
・これが「かっこいい」⇔これは「かっこ悪い」
・誰かに「認められている」⇔誰かに「認められていない」
などなど、正しさを求める物差しが「価値判断」や「ジャッジ」に影響することもあれば、十二因縁のいうところの「有」、その人が執着する生き方や生き様、自分というキャラあるいはライフスタイルが「価値判断」や「ジャッジ」に影響することもあると思うのです。
これはシンプルな「心地よい」「心地悪い」とは違って、子供時代から今までの経験をベースにした分極化された物の見方。「⚪︎」の状態でない、イコール「×」なのだという思い込み。自分に向けてしまう時もあれば、自分以外の人に向けてしまうこともある。どちらに向けても、そこから生じるのは新しい『苦しみ』だと思います。
誰だって「⚪︎」だって、ハナマルだってもらった嬉しいものですよ。なので、嬉しく感じる自分を責める必要もないことは忘れないでね。
なのだけど、「⚪︎」を求めすぎてしまうと苦しくなってしまうよね。「正しい」「優れている」「かっこいい」「認められている」、そんなものに振り回されている気はなくても、結構心の奥深くに潜んでいることが多いのがこの「⚪︎」「×」の物差し。
物差しが発動しているんだなーと気がつけたら、それを持っていることに拘らず、ただそこから離れてもいいんだったと思い出すことが大切なのです。
マインドフルネスって「心の筋トレ」と言われることもあるように、ずっと持っていたらその物差しは、無意識のうちに使ってものを見てしまうものなのだと思うのです。
だからこそ、筋トレのように、何度も何度も、毎日の生活の中で、気がついたら、ポイっと物差しを手から離す、ということを繰り返せばいいだけなのです。ここでのポイントは、持っていることを責めないこと。そして、なぜそれが手放せないのかという「理由」や「原因」を知る必要はないということ。
大丈夫です。そんなもの、理解することよりも、使う必要がなくなることの方がずーっと心は軽やかになります。そして、何度も心の筋トレするうちに物差しの影響が薄くなってくる時があります。その時に、理解は自然と訪れてくれます。
人に向くと怒りとなったり、わかって欲しいとなったり、コントロールしたくなったりの「⚪︎」「×」。自分に向くと、自分はダメだと自責に繋がったり、自分はすごいんだと優越感を求めてしまう「⚪︎」「×」。
「⚪︎」を求めすぎることだけではなく、「×」を避けようとすることもまた執着なのです。
「価値判断」や「ジャッジ」という言葉として理解したり、実践に繋げようとすると迷子になってしまう...という方は、シンプルに「⚪︎」「×」で未定かな?っと好奇心を向けてみることから始めてみることをお勧めします。
シンプルに、心地よく。
これがプラクティスのポイントですよ♡
そこにあるのが「⚪︎」「×」ではなく、自分を大切にする『居心地(「心地いい / 心地悪い」)』だといいなと思っております。

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